壬生邸の庭

本と物語が好きな転勤族

常識について

『常識について』


 近所の青果店が最近のぼくらのお気に入りだ。
 市場で買い付けてきた野菜や果物を、箱のまま開けて売っているような店だ。それだけに価格はびっくりするくらい安い。店舗自体も露店に補強してあるだけに見えるが、奥行きは結構ある。
「台湾バナナは売り切れだね」
 とても残念そうに彼女は言った。
「タイ産やフィリピン産やコロンビア産ならまだあるよ」
「バナナは台湾が一番でしょ?」
 未練たらしく『台湾バナナ/九八円』のポップを指でなぞりながら彼女は言う。
「台湾バナナってなにか違ったっけ」
「あれが一番甘くておいしいの。歴史もあるし」
「そうかな? そうかも……」
 ぼくは台湾バナナを思い出そうとしたが、ぼんやりとしたバナナのイメージしか浮かばなかった。今目の前にあるバナナも産地によって種類は違うようだが、どう違うかなんて気にとめたこともなかった。バナナはバナナだ。
「しょうがない。今日は苺を買っていこうよ」
 ぼくは手近にあった一個一九八円のパックを手に取った。
「あ! 駄目! 苺はやっぱりとちおとめじゃなくちゃ」
 真剣な顔で彼女はぼくに詰め寄る。
「全然常識が無いのね!」
 彼女はぐっと目を凝らして品定めをし、『とちおとめ』のパックをぼくの持つ買い物カゴに入れた。
 冷たい言い草にぼくはひどく傷ついたが、口に出して抗議するのはよしておいた。こんどサイクルショップに行ったら、自転車の種類とパーツについてたっぷり講義してやろうと考えながら。