壬生邸の庭

本と物語が好きな転勤族

マクドナルド式

マクドナルド式』


 篠木悠は人造人間である。彼ばかりではなく家族全員が人間ではない。しかし、このことを知っているのは悠一人である。

 クルマで二十分の巨大なショッピングセンターは、夕暮れを待ってこの片田舎の隅々から人間をかき集めてきたかのような賑わいだった。手で触れるとじんわりとあたたかいチキンバーレルを傍らに、悠はマクドナルドのボックス席で入り口を見るとはなしに眺めていた。
 家族うちのクリスマスパーティを店屋物で済まそうという腹積もりの母親に言いつけられ、一つ年上の兄と買出しに出たのである。兄の秋輝はショッピングセンター内の出前寿司チェーンまで予約分を受け取りに並んでいる。悠はすでに十五分は兄を待っている。寿司職人ロボットのもどかしい動きを悠は想像した。
 悠の家族は年末の解体が決まっていた。生れ落ちてからの人生が模造記憶であることが明かされたのは一か月前。彼らは製造されてから半年に満たない存在である。その日「そうである」ことが悠にだけ知らされた。その事実は前触れ無く心に現れたが、プログラミングされている心にはむしろ自明な考えだった。
「悪い、待たせた」
「おせーよ、寿司取ってくるだけで」
 秋輝はビニール風呂敷に包まれたプラスチック容器を悠に押し付けると、目線で注文カウンターを示し、コーヒーいるか? と言った。
「コーヒーお代わり!」
 悠がうなずくと秋輝はカウンターに声を掛け、自分のオーダーの為にそのまま歩いていった。トレイに乗せずコーヒーを受け取るとせかせかと席につく。
「二人でマクドなんて久しぶりだな」
「あー、兄貴は受験生だし。国立ねらってるんだろ、いいのかよ家族の団欒なんかしてて」
 秋輝は学年でもトップクラスの成績だった。それでいて夏休みになるやいなや自動車免許を取って、家族の足としていそいそと買い物に出かけるのだから、これはいっそ大人物なのだろう。

 いや、これも偽の記憶だ。悠はプラスチックの塊がゆっくりと差し込まれるような感触を感じながら、心を改めた。死ぬことは怖くないが、この記憶はどう扱われるのか。
 秋輝は受験が終わったらバイトをして中古車を買うのだといったような話をしている。興が乗るとオーバーアクションになる秋輝の右手首にはうっすらとヒキツレがある。兄弟が小学校に上がる前。祖父の家で飼い犬のシェパードにじゃれつかれた悠を助けるための、奮戦の結果の負傷だった。うっすらと積もった雪を蹴立てて、スカートが巻き上がるのもかまわず駆け寄ってくる秋輝を、悠は鮮明に思い出せる。
 ……そうだ、秋輝は姉だった。幼いころシェパードに組み付かれて泣きじゃくる悠を助けてくれた彼は、確かにスカートをはいていた。
 目線を上げ、悠は秋輝を見つめた。薄くファンデーションを重ねた二重まぶたのいつもの、姉の顔があった。
 力なく笑いを漏らした悠に秋子は「なによ」と言った。聖夜の日没とともにすでに解体は始まっているらしかった。
 さよなら、と悠は心でつぶやいた。