壬生邸の庭

本と物語が好きな転勤族

ヒトリトフタリ

『ヒトリトフタリ』


 私がベランダから空を見上げると雹(ひょう)が降っていた。
 アパートのトタン屋根にパララララという乾いた打撃音が響く。
 私は以前友人宅で見せられたビデオの、ナチス党の宣伝映画を思い出した。
 機関銃の音というのは意外と軽いものなのだ。
「今日は妙な天気だな」
 食卓テーブルの上に載せたノートパソコンで、なにやら作業をしている“ぼく”に私は言った。
「晴れたり曇ったり、雨も雪も雹も大風まで忙しいことだ」
 ぼくはまったく同感だと言う気持ちを大げさに込めて返した。
「外にも出られなくてつまらなくはないか?」
「いや、ぼくはお前が思っているよりもずっと忙しい」
 そうだ。ぼくには小説を書くという大義がある。
 なにかといえば遊ぶこととと飲むことばかり考えている“私”とは違う。

「そろそろ風もやんだな。気分転換にコンビニまで行くというのはどうだ?」
 私は立ち上がり、ぼくの耳元でささやいた。
 この男は結局一人がさびしいのだ。
 人嫌いのくせにさびしがり屋だから、コンビニエンスストアの十分に距離の離れた人のぬくもりが丁度良い。
 そんな考えはぼくも承知していたが、朝からバナナと牛乳だけでつないでいた空腹がそろそろ限界に達していたことも確かだ。
 ここで偏屈になって私の提案を蹴るのも大人げない気がした。
「食い物だけだぞ」
 ぼくは私に釘を刺す。ついつい漫画雑誌など購入して資源ゴミを増やすのはむしろぼくの方なのだが。
 私は調子良く言葉を返す。
「おにぎり二個とアイスくらいで手を打っといてやるよ。きょう一日私もお前もろくに動いていないからあまり食わない方がいいだろう」
 それに、と私は付け加えた。
「それに、あまり食い過ぎると眠気でお前の作文も進まなくなるからな」
 なにも言い返さず、ぼくは部屋の鍵をじゃらりと鳴らして玄関に出た。
 食い物を与えておけば、私の滑らかすぎる舌も少しはおさまるだろうと期待して。