壬生邸の庭

本と物語が好きな転勤族

学園特急

『学園特急』 学園祭前夜 PM7:55 暴走電車『…エ……ンを……………のよ』 「? 雑音が、ひどい! もう一度!] 『エン………………………………!』 思わず怒鳴りつけた無線機の声はいきなりノイズが増した。槙広一郎はヘッドセットを右耳にあてがったまま、この五分間に…

繭の日々

今でも時に思うのだ。 あの娘のことを。 何時までも続く、あの夏の日のことを。 一 いま、わたしの手元には一枚の古びた写真がのこされている。大切に保管されていたらしいその白黒写真からは、少女が一人、はにかんだ様なそれでいて空に視線をなげかけてい…

鬼譚

『鬼譚』 はなやさきたる やすらいばなや 一 村の境界の桜の古木に、鬼が出たという噂がたった。 一本角を生やした異形の巨人を見た、という。 ちょうど山里にも桜の咲きはじめる頃のことである。 おおかた夜桜に魅入られて、幻でも見たのだろう。たがいにそ…

相似形について

『相似形について』 強制的に外へ意識を向けさせられる。その渦中は気楽だけど心はどんどん空っぽになっていく。 もとから空っぽの心に気づかないですむなら幸せだけど、ひとの意識に押し潰されて、自分に何も残っていないと気づくととても恐ろしくなる。 ひ…

インディアン様

『インディアン様』 「またドリームキャッチャーだ」 和歌山奈々は声に出さず呟いた。 女子生徒の渡す硬貨を半ば自動的に受け取り、レジを打ちドロアーから釣り銭を渡す。彼女が『ドリームキャッチャー』と名づけている、紐の結わえられた五十円玉はレジの硬…

カニバリィ

『カニバリィ』 俺は少女に語りかける。 「長い髪だな」 「だって髪を切ったことないもの」 「生まれてからずっと?」 「そうよ、私は自分のからだを傷つけることができないの」 「肌だって白すぎる。実験用のマウスみたいだ」 「さわらないで。あなたはお医…

来たる船

『来たる船』 娘が生まれたとき、大きなるブラガトは既に歳老いておりましたので、ついに跡目を継ぐ息子を得られませなんだ事を嘆いたものでした。 野蛮なことで知られたグメイサの民を討ち従えたオンゲンの血に連なるルゲリ家もブラガトとその三人目の連合…